
あじさいを眺めていると同じ株の中なのに花の色がまちまちだったり、去年はピンクだったのに今年は青くなっていたりと首をかしげた経験がある方も多いのではないでしょうか。
あじさいは古くから「七変化」という別名を持ち、辞書にもその名が記されているほど、色が変わることが広く知られてきた植物です。
この色の変化は偶然でも気まぐれでもなく、植物体の中で起きている化学反応の結果です。
色変化の主役「アントシアニン」とは何か
あじさいの花色を語るうえで欠かせないのが、アントシアニンという色素です。
これはブルーベリーや赤シソ、紫芋など身近な食品にも含まれている水溶性の天然色素で、フラボノイドという植物色素の仲間に分類されます。
ギリシャ語で「花の青色成分」を意味する言葉を語源とする名前ですが、実際には赤・紫・青と幅広い色調を持っています。
あじさいの花に含まれるアントシアニン色素は、3-O-グルコシルデルフィニジンという特定の種類のアントシアニンで、さらに発色を変化・安定させる機能を持つ「助色素」と呼ばれる無色の分子が3種類共存していることが研究によって明らかになっています。
興味深いのは、あじさいの花が青色であっても赤色であっても花から分離されるこれらの化合物はまったく同じだという点です。
つまり、あじさいの花色の謎は「同じ分子がどうやって違う色を発色できるのか」という問いに集約されます。
土の酸性度が色を左右する仕組み
あじさいの色変化には、土壌の酸性度(pH)と土の中に含まれるアルミニウムという金属が深く関係しています。
青い色を出すためには、アントシアニン・有機酸・アルミニウムという3つの要素が複合的に働く必要があります。
土壌中のアルミニウムは水に溶けてアルミニウムイオンとなり、あじさいの根から吸収され、花に含まれるアントシアニン色素と結合することで花色が青くなります。
逆に土壌がアルカリ性の場合は、土壌に含まれるアルミニウムは溶けにくく、アントシアニンとアルミニウムの結合が起こりにくいため花色に変化がなく、アントシアニン本来のピンク色のまま発色します。
アルミニウムイオンとアントシアニンが結びつくとなぜ青くなるのかというと金属イオンの存在でアントシアニジン母核が配位して青色の錯体を形成するからです。
これはアントシアニン分子の構造が変化し、吸収する光の波長が変わることで人の目に異なる色として映るためです。
アジサイの青色を試験管内で再現したときの錯体色素は、アントシアニン・助色素・アルミニウムが1:1:1で複合化した構造を持つことが明らかとなり、「Hydrangea Blue-Complex」と名付けられています。
日本のあじさいに青が多い理由
日本の土壌は火山性の土壌が多く、酸性を示す傾向があります。
そのため、よく見かけるあじさいは青紫色が多くなっています。
また日本は雨が多いため、土中の石灰分が流されやすく、土壌が酸性に傾きやすいという事情もあります。
これが、街角や公園で目にするあじさいに青系統の色が目立つ理由です。
同じ株なのにこちらは青い花、そちらは赤い花ということが起きるのも同じ株の根がアルカリ性の土に張っている部分とそうでない部分で、アルミニウムの吸収量が異なるためです。
一見不思議に思えるこの現象も土壌の環境が株の中でわずかに異なっていることで起きているのです。
pH値だけでは決まらない複雑な要因
土の酸性・アルカリ性だけが花色を決める単純な話ではなく、実際にはいくつかの要素が絡み合っています。
品種特性・土壌のpH・土壌中のリン酸含量・水分量・アルミニウムの含量がそれぞれ影響し合っています。
たとえばリン酸が多い土では、リン酸がアルミニウムを吸着して不溶性にしてしまうため、あじさいの根がアルミニウムを吸収できなくなります。せっかく青い花を咲かせようとpH調整をしても肥料過多(リン酸過多)の状態では青色が出にくくなります。
また、土壌の水分量が少ないとアルミニウムの吸収は悪くなるため、水が足りないような状態では鮮やかな青い花を咲かせることができません。
さらにアジサイは有毒なアルミニウムを特定の細胞に濃縮し、錯体色素として無毒化しながら花色に利用しているという点も近年の研究で明らかになっています。
植物が有害な金属を巧みに利用して美しい色を生み出しているというのは、自然の知恵というほかありません。
開花中に進む「もうひとつの色変化」
あじさいの色変化には、土壌の酸性度によるもの以外に時間の経過とともに起きるものもあります。
咲き始めはライトグリーンだったものが、咲き進むに従ってピンクや紫、青に変化し、最後はくすんだアンティークカラーになって枯れていきます。
この理由は、開花中に活発に作られていた色素が、咲き進むにしたがってだんだんと消えていくからです。
色素が盛んにつくられると色がしだいに濃くなり、やがて一部の色素が分解されると色が変わり、最後は全部の色素が消えて緑色で終わることが多いとされています。
近年人気を集める「秋色あじさい」はこの色の変化を楽しむ品種で、鮮やかな花色がくすんだ緑や深みのあるくすみ色へと変化していく過程を季節の移ろいとともに楽しめます。
白いあじさいが色変わりしない理由
同じあじさいの仲間でも、白い花を咲かせるものは土壌の酸性度がどれだけ変化しても色が変わりません。
これは白いあじさいがもともとアントシアニンを持っていないためで、アルミニウムと反応する色素そのものが存在しないため、どのような土壌環境でも白い花のまま変わらないのです。
こうして見るとあじさいの色変化は単なる「花の気まぐれ」ではなく、土壌環境・金属イオン・色素分子の複雑な相互作用が生み出す、精緻な化学のドラマであることがわかります。「七変化」という別名は、科学的にも実に言い得て妙な表現だといえるでしょう。